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恵美の幕末日記

幕末好きによる幕末中心の史跡巡り旅日記

英雄の最後の場所へin玉島

高梁市が、高梁ゆかりの歴史人物をつづった冊子と

高梁の文化財掲載の冊子を作ったということで、それを購入しに高梁へ。

高梁市の歴史人物誌」高梁市文化財

詳しくは高梁市の公式HPへ→こちらへ

恵美の幕末日記~歳さんに想いを馳せて~

郷土資料館で方谷先生を発見撮影

郷土資料館で購入したので、ついでに頼久寺

乙部のお墓に手を合わせにいくと・・・

雨!!??凹

いきなり大粒の雨に打たれたのでした・・・。

ついでがあかんかったのかなー・・・orz

乙部に会ったあとは、倉敷市玉島へ向かいます。

玉島は、備中松山藩の飛領地です。

そして、この玉島で1人の備中松山藩士が亡くなっています。

その人の名前は「熊田 恰 (くまたあたか)」

恵美の幕末日記~歳さんに想いを馳せて~

彼は鳥羽伏見の戦いで活躍をしたのち、藩主 板倉勝静に言われ、帰藩します。

しかし、すでに、新政府から討伐を受けた松山藩は、熊田の帰藩を認めませんでした。

彼は、一緒に帰藩した部下たちの助命を嘆願。

西爽亭で自刃し、部下たちの命と、玉島を戦火から救ったのです。

今回の目的は、熊田が自刃した「西爽亭(せいそうてい)」です。

恵美の幕末日記~歳さんに想いを馳せて~

恵美の幕末日記~歳さんに想いを馳せて~

西爽亭は、備中松山藩主の御座所にもなっていた柚木家の邸宅です。

柚木家は備中松山藩に仕え、庄屋を務めた家で、

ここは、備中松山藩主が玉島を巡回する折に宿泊をしていたそうです。

なので、邸宅の中には、殿様だけが使用できる、お風呂と厠がありました。

バッチリ撮ってきたけど、今回は写真載せません(^^;

熊田が自刃をしたのは、広さ10畳の「次の間」と呼ばれるお部屋です

恵美の幕末日記~歳さんに想いを馳せて~

つづくつづく

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